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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1317号 判決

控訴人 中西幹根

被控訴人 国

訴訟代理人 河津圭一 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

控訴人主張の土地が峯島茂兵衛の所有のところ昭和二四年五月五日物納により大蔵省の所有となつたこと、物納土地の払下権限を有する関東財務局新宿出張所は払下事務の一部を大和建設株式会社に委託したこと及び物納土地については借地権者に払下がなされる取扱のところ本件土地に対し控訴人及び平浅子一の両者から払下申請がなされ昭和三二年三月平子が払下を受けて所有権を取得しその登記を経由したことは当事者間に争がない。

控訴代理人は大和建設株式会社は右出張所から本件土地を払い下げる権限を授与されていたところ控訴人は昭和二九年一二月中右会社との契約により本件土地を代金五五七四二円で払下を受けたものであり、なおその当時右出張所の払下担当官川村純義は右払上を承認したと主張する。

しかしながら大和建設株式会社が新宿出張所から物納土地の払下をなす代理権を授与されていたこと及び川村純義が控訴人に右土地の払下を承諾したとの事実を認めるべき証拠はなく却つて成立に争のない甲第一一、第一二号証、原審証人高倉稼多蔵(一固)の証言により正しく作成されたと認められる乙第一号証、原審証人斉藤喜一の証言により正しく作成されたと認められる乙第二、第三号証の各記載及び原審証人川村純義(一固)同高倉稼多蔵(一固)同斉藤喜一、同池田寛治の各証言によれば、本件土地払下の権限は関東財務局新宿出張所長がこれを有し、大和建設株式会社または川村純義は右権限を授与なれていなかつたこと、新宿出張所は払下事務の迅速を図るため大和建設など特定の会社にその事務の一部処理を依頼し、この依頼に基づいて右会社は物納土地の借地権者など利害関係者の買受資格を調査して報告し、払下申請者の依頼によつて払下申請書を作成しこれに土地の測量図面、権利関係を確認する書面及び出張所の作成すべき払下決議書、評定書、等を整備添付してこれを出張所に提出する事務を処理したこと、その際既定の基準によつて払下価額を算出しなおこれについて出張所の内諾を得てその価額を一応定めこれを基準として払下申請者から所定の手数料を徴収していたこと、新宿出張所は右調査報告と払下申請書に基いて払下を審査決定しこれを申請者は告知することによつて払下契約を締結していたこと、本件土地については控訴人から払下申請書が新宿出張所に提出されたけれども別に平子浅一から同様借地権者であると称して払下の申請がなされたため同出張所は払下を一時留保したが前記のようにその後平子に払下がなされ控訴人に対しては払下の決定がなされないで終つたこと及び川村は控訴人に対し払下をなす旨の意思を表示したことのないことが認められる。

右認定事実によれば大和建設株式会社は新宿出張所の依頼により同出張所のなす払下の事実上の準備行為をなしたに過ぎないものというべきである。

もつとも前記証人高倉稼多蔵の証言により正しく作所されたものと認められる甲第二号証の記載によれば売払決定額が記載されているので大和建設株式会社が払下価額を決定する権限を有するように見えないではない。しかしながら右は同高倉証人の証言によれば、物納土地について払下申請人から払下手続の手数料を徴収する基準価額を表示したものであつて、その価額は前記のように物納土地の予定払下価額を一定の方式によつて算出し、その額について新宿出張所と協議しその諒解を得て払下の予定価額を表示したものであり、また右書面の記載の方式に照し手数料を算出しこれを請求する趣旨のものであって、払下の契約に関するものでないことが容易に認め得られるところであるから右書面は前記認定の支障とならないし他に右認定を左右すべき証拠はない。

次に控訴代理人は新宿出張所の川村事務官は昭和二七年中控訴人の代理人である父中西斎吉に対し大和建設が払下契約の代理人であると表示した。仮にそうでなくても控訴人と大和建設との払下契約について右出張所は民法第一一〇条の表見代理によりその責任を負うべきであると主張する。

しかしながら川村事務官が中西斎吉に対し払下について大和建設が一切の代理人である旨告げたとの原審証人中西斎吉の証言(一回)は原審証人川村純義の証言(二回)と対比し措信し難いところであり。他にこれを認めるべき証拠がないのに反し却つて同川村証人の証言と前記認定事実によれば、川村は斎吉に対し払下については大和建設が申請手続をするのでその書面を作成して新宿出張所に提出させるよう告げたに過ぎないことが認められるから代理権の表示に関する控訴人の右主張は理由がない。また越権代理に関する点については大和建設の基本代理権を認めるべき証拠がないからこの点の主張も失当である。

控訴代理人は新宿出張所が前記のように本件土地を平子に払下したことにより借地権者である控訴人が右土地を優先して買い受ける期待権を侵害したと主張する。

原審証人中西斎吉の証言(一、二回)によつて正しく作成されたと認められる甲第一六ないし第二〇号証の記載と同証言によれば控訴人がその主張のとおり本件土地の借地人であつたことが認められるところであり、控訴人が借地権者として昭和二七年中新宿出張所に右土地の払下申請をなしたことは被控訴人の認めるところである。そして成立に争のない甲第四号証の二と原審証人川村純義の証言(一、二回)によれば新宿出張所は控訴人が右物納当時峯島から本件土地を借り受けたものであることを否定していなかつたことが認められる。したがつて借地権者に優先的に払下がなされる取扱に照し控訴人はその払下を受ける有資格者というべきである。

ところで原審証人平子浅一(一回)の証言によつて成立が認められる乙第五号証と同証言、原審証人川村純義(一、二回)同高倉稼多蔵(一回)同植野基一、同池田寛治、同新井小春(一、二固)の各証言と原審における検証の結果を総合すれば、北村長七は大正の初頃から峯島茂兵衛の主宰する屋張不動産株式会社に勤務し本件土地等を管理していたところから本件土地の使用を許され大正九年頃以降西巣鴨四丁目二番の三三宅地五九坪五合二勺地上に三戸の家屋を所有していたところ(同丁目二番の三二宅地九坪三合は右土地の私道)昭和一二、三年頃右会社を退職した後も土地の管理を続けていたが昭和一九年一一月死亡し、その子正雄が相続し次で昭和二〇年戦災により右地上家屋は焼失したこと、そして終戦後間もなく地主から本件土地の返還を要求されたけれどもこれを承諾しなかつたこと及び昭和二七年五月二〇日平子浅一は正雄から右借地権を譲り受け、間もなく新宿出張所に借地権者として本件土地の払下申請をなし、同出張所は控訴人からの払下申請と競合申請がなされたため払下を保留していたが調査の結果平子の借地権は以前からの戦災跡地の借地権であるとして前記のように同人に払下をなしたことが認められる。

右認定に反する甲第二六号証の記載と原審証人峯島興一、当審証人中西斎吉の各証言は借信し難いし他に右認定を左右すべき証拠はない。

ところで新宿出張所が物納土地の払下をなすに当つては、物納当時の借地権者に働先的に払下をなす取扱をしていたことは前記のとおりであるけれど、本件のように同一土地について借地権者と称する者の払下請求が競合してなされた場合には、もとより行政宮庁として払下により第三者の利益を不当に害することのないことを期するため借地権の存否を調査すべきであるけれどもその限界は権利関係の存否を決することを本来の任務とするものではないから払下に当る行政官庁に要求される相当程度の調査をなすをもつて足り、これにより両申請者共借地権者であると認めるべき相当の根拠のあるときは、そのいずれに払下をなすかは自由に決定し得るものと解するのが相当である。

本件において北村の借地権が所有者からの返還要求によつて消滅したかどうかは困難な問題であつて行政官庁として調査判定の限度を超えるものというべきであるから、その消滅を容易に知り得べき明らかな根拠等特段の事情の認められない本件においては、新宿出張所が平子を借地権者と認めて(平子への借地権の譲渡を所有者たる国が承認するかどうかも自由というべきである)払下をなしたのは相当の処置というべきであり、これによつて控訴人が払下を受ける利益を害されたとしても期待権を侵害した不法行為というのは当らない。よつて控訴人のこの点の主張も理由がない。

更に控訴代理人は新宿出張所は本件物納土地に対する控訴人の借地権を承認し控訴人との間に右土地の賃貸借契約が成立したのに拘らずこれる平子に払下げた結果控訴人は平子に対し借地権を対抗し得ないこととなり借地権を侵害されたと主張する。しかしながら控訴人の前記借地権が第三者に対抗し得る要件を備えたものでないことはその主張に照し明らかであるところ原審証人川村純義の証言(一、二固)によれば、国は物納土地を第三者に賃貸する取扱をしているものではないので、新宿出張所が控訴人を本件土地の借地人として取り扱つたのは物納により国の所有となつた本件土地について控訴人が借地人である従前の関係を承継する意思に出たものではなく、払下をなすについての利害関係者たる借地人であることを承認したに過ぎないことが明認されるので、控訴人と国との間に契約により借地関係が承継されたとの事実を認めることはできない。

他に右認定を覆えし控訴人と国との間に借地契約が成立したとの事実を認めるべき証拠がないから、これを前提とする控訴人の主張も採用することができない。

それ故控訴人の請求は失当として棄却すべきであるので、これと同趣旨の原判決は相当である。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 大場茂行 西川美数 秦不二雄)

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